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20年前の1秒

 「がんばってぇ〜」

僕よりも少し年下かと思われた女の子は、文字通り風とともに去っていったのです。

5月末の北海道はとても気候が良く、僕はひとりのんびりした気分で自転車をこいでいました。

あまりの気持ち良さにボケ〜っとしていたところ、急にやってきた大声。あっけにとられた僕は、せいぜい手を挙げ「お〜、ありがとう〜」と返せたかどうかです。

4トントラックの助手席から半身を乗り出した女の子は折れんばかりに腕をふり、叫び声選手権に参加したら間違いなく優勝しただろう、というほどの声を上げまさに竜巻のごとく去っていきました。

もしも今、国語のテストを受けることになり「元気とはどういう状態のことですか」と問われたならば、迷わずその光景を回答することでしょう。


 鹿児島から始まった約三千キロの自転車旅を間もなく終える僕にとって、宗谷岬が射程距離に入るそのころにはゴールしたも同然の気分でした。

雨が染みるテントの中で「なんでこんなことしてるんだ」と暗くなったり、今夜の寝床が決まらず夕暮れの中あてもなく進んだ心細さがまるでうそのようです。1ミリの心配事もなく、気持ちは晴れ渡るばかり。

そんな中いただいた声援はゴール気分、いわば「一人お祝い気分」をさらに盛り立ててくれる最高のプレゼントだったのです。彼女が去ったあと、キコキコと自転車をこぎながら声援をかけてくださったありがたさがじわじわと湧いてきました。


 その声の主は北の大地をゆさぶるかのように、髪が乱れようとも、風圧で頬がゆがもうとも、1ミリも気にせず声を張り上げてくれました。まさに「北海道」を彷彿とさせる、ダイナミックで、おおらかさを絵に描いたような女の子。

一方の僕はといえば、汗でヨレヨレで小汚い。皮ジャンに身をまとったライダーさんを見送るたびに
「パリッと決まっていてかっこいいなぁ」と、一人しょぼりとしたたことを思い出したりして、自分の小ささにげんなりしたりもしました。

それでも、走り通せたことは私の人生の中でそれほど多くない「やり遂げたこと」の一つに違いありません。

なによりも、20年前にたった1秒の記憶を残していってくれたその子に、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。もしも今再開したならば、なんて声をかけようか。

「ありがとう!!あの時君が声をかけてくれたチャリダーは、まだまだしぶとく生きてます!」

かな?